2012年7月26日木曜日

07/26(Thu) SELECTION VOL.3



DINNER OPEN : 19:00 ~ 24:00(L.O23:30)
PARTY START : 19:00 ~ 23:00
PARTY CHARGE : 1500/1D
GENRE: HOUSE

LIVE: 1984 1/2

DJ:
TARO KAWAUCHI

and more...


<TARO KAWAUCHI>
川内太郎(TARO KAWAUCHI)
1969年5月6日杉並区西荻窪にて幼少期~青年期を過ごす。十代半ばでパンクロック・ニューウェイブに影響を受けバンド活動を開始。特にJohn Lydonから受けた影響が強く、音楽にかかわらず性格形成の素地を成す一面を担うほど影響を受けている。また同時期にセツ・モードセミナーにてセツイズムに触れ芸術への興味を抱き始める。また音楽通の友人により多種多様な音楽に出会い、ライブやクラブに行き始める。そうした様々な刺激を経験し、ファッション、音楽に傾倒。パンクやヒップホップが巷を賑わせ、アディダスにセディショナリーズやワールズエンド、ヴィヴィアン・ウエストウッドといったロンドン・ファッションにに興味を持つ。程なく友人らとデザインチームを結成。1987年新宿伊勢丹で開催された「裏東京コレクション」に出展。当時テレビ東京で放送していた「ファッション通信」や雑誌などで話題となる。その後原宿キャットストリートで「LONDIS」というロンドン・ファッションやヒップホップ・ファッションなどを扱うショップの経営を開始。1988年に渡英した際、「The Second Summer Of Love」なるムーブメントに遭遇。このムーブメントの波に巻き込まれた自身はバレアリックビーツ・ACID HOUSEなど、フリースタイルなダンスミュージックの文化を経験。その時、至福かつ恍惚の源流を辿るべく発見したのがDJブースでレコードをかけるDJであった。レコードから全ての要素が発信されていると知るや、ピカデリーサーカスのレコード屋を駆け巡り、次々とレコードをゲット。当時部屋をシェアしていたDJ Marboにターンテーブルを借り、リビングでDJの真似事をしたのがDJという意識の始まりだった。帰国後、手に入れたレコードを聴く為にターンテーブルを購入するもすぐに2台必要だということが判明し、これまで持っていた楽器・機材を売り払い、ターンテーブル・ミキサーを手に入れた。DJプレイはバンドでの音楽経験も手伝ってミックスの感覚も比較的容易に覚え、カセットテープに自身のミックスを収録し、ショップでBGMとして流した。そのDJミックスを聴いたパーティーオーガナイザーに「このMIXテープは誰がプレイしているのか」と尋ねられ、自分である旨を答えたところ、即日DJのオファーがあり、1989年、DJとしてのキャリアをスタート。場所は西麻布、ミロス・ガレージ。そこでいきなりの3枚使いを披露。以降、数々のパーティーでプレイ。渡英・渡米してはナイトクラビングを楽しんだ。1991年、有頂天だった自身の前にNY仕込みのDJ KEIZOが現れる。彼のプレイスタイルに衝撃を受け、程なくDJ KEIZOに師事。GoldなどでのレギュラーDJを経て1993年、NYに居住。音楽制作環境を整え、楽曲制作を本格的に開始。94年帰国。すぐに青山Maniac Loveや新宿AutomatixのレギュラーDJとなる。その後もGold・Yellow・Core・Liquid Room・AgeHa等、様々なクラブでプレイ。またDJ Emmaと共に楽曲を制作を開始。1995年、Malawi Rocksを結成。数多くの国内外におけるリミックス・プロデュースワークをこなし、日本はもとより海外でも高い評価を得る作品を発表。2000年にはレーベルNitelist Musicを設立、運営。数多くのレコード/CDのリリースや、数々のクリエイターを輩出するなど常に話題の絶えない活動を展開。

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